CMディレクター 仲野哲郎の「シズル」って何?123
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今日は、分子ガストロノミーの研究家エルヴェ・ティスと三星シェフピエール・ガニェネールの共著
「料理革命」からのメモです。
研究家とシェフの本でありながら、ミステリー小説のような内容もあり
レシピが収録されていたり、
飽きずに読ませたい思いが伝わってくる、文章、構成、とても面白い本でした。
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ではさっそく。
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”「でも、歴史がたくさんのことを教えてくれるというのは本当よ。
私たちは、文化の産物だし、ジャンが言った言葉を借りると、《フェティシーズム》は、
私たちが歴史と価値と伝統を持つコミュニティに属しているということの証なのじゃないかしら。
批評も変化も不可能ということはないけれど、私 たちの背景にあるものを消し去るということは
決してできない。
古典料理であれ現代料理であれ、土地に根づいた料理は、文化と切り離せないはずよ。
伝統的な料理が目の前に出されたとき、私たちは伝統を食べているのだとわかるの。
料理の職人にとって、伝統的な料理(美味しいとかまずいとか質の先入観は抜きにして)を
何度も作ることで生まれた成果やその分かりやすさというのは、まだ大切なことよ。」
「僕たちが伝統料理を愛しているというのは、驚くべきことだ。
結局のと ころ、どうして僕たちは、科学だけでなく料理でも、伝統を愛するんだろう。」
「まだ話してなかった問題があったわよ。栄養学的にはそんなに空腹じゃないのに、
たくさん食べられるのはなぜかということだけど。」
「セシル、この本が満足いくような答えを書いているから聞いて。
《料理は、化学と物理学の反応を利用した作品ではある。が、料理をする人の手に、
食べる人の健康と生命が委ねられる。
伝統は、料理人にとっての安全保障だ。化学を駆使せずとも、しかし、自然がもたらす危険を認識しながら、
料理人は、作っているものが何ら害を及ぼすものではないということで、安心するのだ。
というのもその料理は、前もって何度も供されており、過去に食べる人に中毒を起こしたりしなかったからだ。
また別のいい方をすれば、料理において、模倣と伝統は安全に直結する。
すべての改革を検討し、反芻しなければならない》。
ジャンセシル、君の作ったテリーヌが僕たちの命を手中にしているなんて想像 できるかい?」
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「《料理には二つの機能がある。体を養うこと、そして精神を培うことだ》。
体を養うとは、栄養を体に取り込むことである。適切に吸収するために、
都合のいい化学的な形で取り込むのだ。食べ物のない社会では体を養うための料理は第一義だが、
飢饉がもはや存在しない国では、その例ではない》。
《精神を養う料理とはまた別のことだ。(中略)
一般的にいえば、精神は伝統によって満足する。
なぜなら、我々は栄養物を食べるのではなく、愛を食べるからだ》。」
「栄養物を体に取り込まなくてはならないほど飢えていないというのに、
お腹が空いてたくさん食べられるのはなぜか? 答えはこう。
食べ物に飢えているのではない。料理、あるいは料理する人の愛に飢えているからだ。」”
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料理、あるいは料理する人の愛に飢えている。行き着く先は、この言葉。納得の一言ですね。
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“「どうして僕たちは一人で食べるよりも、皆で食べたいと思うのだろうか?
人類というのは人間じゃない霊長類と同じように群生することを好むからだ。
僕たちが都市で生活するのは、生物学的にいって、グループで生活することを予め
プログラムされているからなんだよ。
そして、食卓を皆で囲もうとするのは、進化の何百万年を経てもなお、
グループで食べるという習慣は守られ てきtこ という結果だ。
一緒に食べることを喜びとするのは、僕たちの脳がそれをする喜 びを知っているからだ。
食卓を多くの人と一緒に囲んだとき、脳機能によつて 《嬉しい》という気持ちに導かれるわけだが、
これは世代を超えて少しずつ培われてきたものだ。
さらには、自分たちの人生は食卓を囲むためにあるといってもいい。
僕たちが嫌いなものでも食べるのはそのせいだよ。」
「今夜の君は、どうもパラドックスの塊じゃないかい! ドゥニそんなことはない。」
「生まれたばかりの赤ん坊をみてごらんよ。人間と人間以外の霊長類ーー
たとえばチンパンジーとかだが一の赤ん坊は甘いものに目がない。
でも他の味わいは好きじゃない。生まれたばかりの子の口に、甘味液をたらしたとする。
すると、決まってこの子たちは笑顔を浮かべるんだ。苦い液をたらしたらどうだろう。
しかめっ面をするんだよ。子供たちはたいてい甘いもの に目がない。
それじゃあ、我々はどうしてこの甘くないタルティーヌを食べるのか?(中略)
子供は飲まない液体を飲みながらね。」
「乳幼児だったら好きじゃないということ? 」
「そうだよ。こうした現象は《ビールとタバコ効果》と呼ばれている。
ある若者がいるとする。そいつはアルコール入りの苦いビールも苦いタバコも好きじゃない。
しかし、ある状況に置かれると、結局この若者はビールを飲んで煙草を吸うことになる。
この状況というのがグループだ。
ビールも飲まない、煙草も 吸わないやつは、ビールを飲んで煙草を吸う連中のグループからは
締め出されるんだ。
この拒絶は、生物学的な懲罰になる。人間は群生するものだからだよ。
同じく、ビールも飲み煙草も吸う者は、そうした味覚によって報いることで、
そのグループでの存在を許されるという生物的な報酬を得ることができる。
生物学的な報酬がもたらされるんだ。僕たちはこのことを過小評価しすぎたよ! 」”
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ビールとタバコ効果。人は群れる生き物なのですよね。仲間はずれは良くない。
その考えは食べ物も入るんですね。
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“「料理の芸術家が作った創作料理の意味をきちんと理解してはじめて、
食べる側は生物的な報酬を得ることになる。
だって、その人間はその料理人と考えを同じくしたわけだろう?」
「レストランに行くのは、友達やその店の料理人と同じひとときを過ごすため・・・
なぜって、私たちは食べ物がふんだんにある国に生きて、
信じられないくらいラッキーな生活を営んでいるからよ。」
「《ローマの人々は、野蛮人と自分たちは違うと、言っている。ギリシアの作家プルタルコスは
「我々は食べるために食卓をともにするわけではない。一緒に食べるために食卓をともにするのである」
と明言した》。」
「もう一つ注があるわ。《ボリス・ドルトは「我々が愛するとき、与えられるものをすべて
食べることができるのだ」と書いた》。」
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「美味しい料理を作ってくれたアルザスの祖母のことが思い浮かぶわ。
よく考えると、祖母が本当にいい料理人だったかは、今となっては確かなことはいえないわ。
でも、彼女が与えてくれたのは、私のためにキッチンに立って時間を割いてくれたってことなのよね。
私は彼女がすることを見ていたわ。下ごしらえを怠ることはなかったし、これに何かを加えるとか、
これをここにおくとか、自分のアイデイアを話してくれた。すべての味わいをいつも尊重していたわ。
そして毎回作る料理の味はいつも違っていたけど、結局、家族中がそれを喜んだの。
なぜって、彼女が私たちに与えてくれたのが愛だったから。
それは心配りともいえるかもしれないけれど、それ以上のものだったのよ。」”
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こころ配り、愛情、群れ。体を養うことは出来た。次は精神を培うことだなのかもしれませんね。
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長くなりそうなので、今日はここまで。