CMディレクター仲野哲郎の「シズル」って何?62
今日は、「つくる たべる よむ」本の雑誌社 からのメモです。
各界の名手が料理と読書のおいしい関係を教えてくれます。
堀部篤史さんの文章からメモします。
堀部篤史さんは、京都で、いや日本でも1、2を争う知名度を持つ書店「恵文社一乗寺店」を経営されたています。
2010年にイギリスのガーディアン紙が発表した「The world’s 10 best bookshops」に選ばれたことでも知られています。
”片岡義男の食エッセイを集めた『白いプラスティックのフォーク』(NHK出版)の冒頭に、
漫画『ピーナッツ』に登場するエピソードが紹介される。

出典:プレシャス・ハーツ
おなじみのキャラクター、ルーシーが「ブレッド・アンド・バター・サンドイッチ」(要するに具なしサンドイッチ)を所望し、
チャーリー・ブラウンがそれを作ろうと試みるまさにそのとき、
ルーシーは「切っちゃ駄目、切ってはいけないの!」と叫ぶ。
切るとせっかくのフレイヴァーが台無しになる」という。
切るとせっかくのフレイヴァーが台無しになる」という。
味覚や好みをあらわす「テイスト」ではなく、風味や趣(おもむき)を含んだより広い味わいを表す「フレイヴァー」、
エッセイ中で片岡義男はそれを「良さ」と訳している。
パンを切ることで損なわれてしまう「良さ」のように、
根拠が曖昧で味覚や調理技術を超えた感覚、
それこそが料理を魔術的なものにする由縁だ。”
”「レシピ」という記述法において、あらゆる調理過程は、ほぼ数値化される。
みりんひとさじ、300 gのトマト缶、常温から80度に熱する、などなど。
そこにマジックが忍び込む余地は見当たらない。
客観性を重視し、あらゆる調理法が数値化された設計図のような
レシピが導く結果が「正しい料理」だとすれば、それは「美味しい」と同義なのか。
そもそも「美味しい」は数値化することができるのだろうか。
一昨年、自分の店で編集•発行した『珈琲の建設』(誠光社)という本の中で、
著者である焙煎人のオオヤミノルは、個人の好みで片付けられがちなコーヒーの味についてこのように語る。
「美味しい」範囲をはみ出さない中での調整の仕方は直接その店や人の思想みたいなものと関わってくる。
そのことも踏まえて「美味しい」っていうのは人それぞれだ、っていうなら分かるよね」。
同書での発言を踏まえた上で、この言葉を敷衍(ふえん)すると以下のようになる。
生豆というコーヒーの素材に対して、これ以上焙煎しすぎると「焦げ」てしまい、これ以下だと火が通っていない「生焼け」だという範囲が存在する。
そこからはみ出したものは、もはや深煎りが好き、浅煎りが好き、という個人の好みの次元ではなく、調理として失敗しているだけだ。
要するに「美味しい」は「点」では規定できないが、個人の嗜好によって幅のある「線」上の範囲であらわすことができる。
さらには、線上の幅のみならず、ある味にどのようにしてたどり着くのかという「奥行き」という要素が存在する。
例えば同じ豆を使用したとして、温度を高く抽出するのか、豆の量を多く使用して煎れるのか、
同じ味にたどり着くまでのアプローチに作り手の個性や考え方を反映した味の「奥行き」が生まれる。
これは味わう側の状況やシチュエーションにも同じことが言えるだろう。
そのコーヒーをサービスする人間がどのように提供するのか、そのスタイルに共感、反発することで、店と客との間にコミュニティが生まれる。
安くて早い店なのか、高くとも食材に惜しまずお金をかける店なのか、オーガニックを標榜する店なのか。
家計や家族の健康状態を鑑みた上で作られる家庭の味も同じ。
それらは作り手と受け手による価値観のすり合わせでもある。
時間をかけながらそれぞれのコミュニティの中で「美味しい」に対する合意形成が生まれる。
つまり、この世界には複数の「美味しい」が存在するのだ。
もしも「美味しい」が、決められたある一点であり、そこへと到達できるレシピがあるならば、
それは資本に独占され、市場の多様性を淘汰してしまうのではないか。
そのように説いた上で、オオヤはスペシャリティ的な、味を数値化する価値観を否定するが、同時に物語重視の焙煎人をも批判している。
いかにも京都人らしいややこしい語り口だが、「美味しい」は、複雑な要素によって成り立ち、少なくとも数値で客観的に評価できるものではない。”
”薀蓄(うんちく)を振り回す「通」は、総じて味の「奥行き」(料理以外の状況や景色)に関心がない。
通ぶることは、味に絶対値を乱暴に決め、どこで誰と食べても同じ味に貶める(おとしめる)ことにほかならない。
さまざまな要素が絡み合う美味しさに絶対値をつけることは現実離れした形而上の遊戯でしかないのだ。”
とても素敵な文章でした。
「おいしい」の奥行きと幅。「おいしい」の世界がどんどん広がっていきます。