CMディレクター仲野哲郎の「シズル」って何?67

   

今日は、勝見洋一さんの「怖ろしい味」からのメモです。

”ポルトガルのポルトでは、あの甘いポルト酒をふんだんに使った中国料理を食べた。

ポルトの人は、中華料理とは甘いものだと理解しているようだ。

ケニアでは暑さもあるのだろうか、あっさりと喉を潤す感じの、韓国料理の前菜と区別のつかない中華料理だった。

インドでは周囲の辛さに負けんじと、膨大な唐辛子が使われた「広東料理」を食べたし、

ナポリで注文した炒麺は、見事アル・デンテの歯応えだった。

面白くて笑いながら全部食べてしまった。

確かにどこの国の中国料理も「その国ナイズ」されている。

最近になって香港を経由して外国に散らばった料理ならば調理法が確定しているから安心なのだが、

それ以前に中国本土から流れていった中国料理は祖国のアイデンテティを忘れ去ったものが多い。

忘れた分だけ、どんな国のどんな料理よりもまずい。

まずさはその界隈の人間が作っていく。

店とは客の要求を映す鏡でしかないのだが、

しかし、それは本当にまずいのだろうか。

   

界隈に住む人々にとっては、旨いのかもしれぬ。

それをまずいと言う日本人とはいったい何なのか。

私は「牛丼評論家」である。

あるチェーン店の牛丼を東京中食べてみた。傾向として、下乙町は塩味がきつく、

渋谷だの六本木だの新宿だの赤坂だのといった繁華街ほど薄くサッパリとした味になる。

材料は各店に配達されるが、ある程度の作り方のマニュアルはあっても、微妙な味つけは各店の責任者にまかされる。

つまり牛丼を通してその界隈を食べていると言ってもよい。

  

  

味は、店と客の共同作業。なんですよね。

広告もクライアントとスタッフの共同作業。

美味しい広告を共同で作っていきたいと思う今日この頃です。

怖ろしい味 勝見洋一著 | 2020 | 未分類 | Comments (0)