CMディレクター仲野哲郎の「シズル」って何?68

  

今日のメモは、写真家 繁延あづささん著「山と獣と肉と皮」からです。

狩猟免許を取得したので狩猟の本でも。と思い手に取ったのですが、

素敵な本でした。

「人間は、生き物を殺して、その肉を食べて生きている。」

実感を持って書いてくれています。誰かの人生を変えるような1冊かもしれません。

”おいしい“ってどんな心情なのかとあらためて考えてみる。
まず、”おいしい“は”うれしい“に似ていると思う。

”おいしい“と感じたとき、笑みがこぼれるような喜びの感情が湧く。

満たされる感覚にともなって幸福感もある。そういった喜びや幸福感を

得たとき、何かに感謝したくはならないだろうか。

幸福をもたらしてくれた人がいればその人に、信仰心のある人なら神や仏に、

日ごろの自分を支えてくれる身近な人や自然に感謝したくなることって、あるんじゃないかと思う。

私なんかは都合のいい人間でうまくいかないときは誰も助けてくれないと拗ねるくせに、

順調なときは誰彼かまわず感謝したくなる。

喜びや幸福は”恵み“なのかもしれない。”ありがたい“という感情にも一脈通じるだろうか。

そうやって連想ゲームのように考えていくと、逆説的ではあるけれど、私は猪を”ありがたぃ“と感じて食べたかったんじゃないか、そう思えてきた。

あのときの感覚は、ほんの1ミリも嫌な気持ちで食べたくないというものだった。嫌な気持ちで食べるとおいしくない。

おいしく食べることに意味がありおいしくすることが必要だった。
ただ、この感覚には背景がある気がする。

猪をありがたいと感じて食べたかったのは、ありがたく食べなければという呪いがかかっていたからじゃないだろうか。

仏教の根づいた日本で、動物の命を奪う殺生を罪とする観念が自分にも染み込んでいることは否定できない。

少なくとも「生きるために殺して食べるんだ!」と堂々と口にするのは憚られるような空気がある。

生き物を殺して食べることについてまわる後ろめたさを払拭するために、スーパーの肉は今日のような無機質を突きつめたパッケージになったはずだ。

良くも悪くもこの現実が”ありがたい”と思う機会を、結果的に私たちから奪ってきた。

だから、みずから”ありがたい“としぜんに感じることなく、”ありがたく食べるべき“と教育されてきた。

私は染みついたその呪縛によって”絶対おいしく食べてやる“と知らず唱えてしまったのかもしれない。

答えは自分にもわからない。

このとき持ち帰った猪の肉は、食べ終えるまでに約1カ月かかった。

正直なところ、冷蔵庫からはじめて取り出すときはなんとなく気が進まなかった。残像のようにあの猪の目が頭に浮かんでくるのだ。

それでも、日々料理して食べていくうちに重苦しさは少しずつ解け、消えていった。思い出さなくなったわけじゃない。

同じようにあの残像が脳裏をかすめるのだけれど、悲しみは感じなくなっていく。たぶんそれは、夫や子どもたちが満足そうに食べてくれたからだ。

あの日の悲しい猪は、私の大切な人たちの今日になった。

それは私にとって喜び以外の何物でもない。気持ちが塗り替えられていくような1カ月を過ごし、またちがった意味で、あの猪は忘れられない一頭になった。

おいしいから、うれしいから、ありがたい。逆説的ではあったけれど

、”絶対おいしく食べてやる“と気負って料理することは、結果的に私の成功体験につながった。”かなしい“から”うれしい“へと

気持ちがなだらかに変容してく触媒となったのは、やはり料理の力だった。

食べ終えて一頭が完全な思い出になったとき、最後に残ったのは懐かしむ気持ちだ。あれほど”かなしい“と感じたことも、今はどこか愛おしい。

猪を見つけて食べるまでがひと続きの体験であるように、気持ちの移り変わりもひと続き。

死の悲しみと料理の喜びはたしかにつながっていて、さらに濃やかやかな感情が絡まり合ってもいて、味わい深い濃厚スープのようだった。

国学者の本居宣長は歌論書『石上私淑言』で、”あわれ”とは深く心に感じることだと述べている。

悲哀な感情だけでなく、うれし・をかし・たのし•かなし•こひし。情に感じることはすべて”あはれに含まれるという。現代人の感覚からすると、

”うれしい“と”かなしい“は真逆じゃないかと思うところだけれど、今の私は深い親近感を覚える。”

とてもいい文章です。猟を見ることで料理に対しても変化があったようです。

”鹿や猪を焼肉にするときは、火が通りつつも固くならないギリギリのタイミングに目を光らせているし、

じっくり焼くハンバーグや餃子などを途中で人にまかせることはない。

料理に今までになかった責任を感じるようになった。

道元禅師の『典座経典』でもわかるように、寺院で炊事・供膳をつかさどる典座という役職は、修行の経験に富み、寺院でとりわけ信頼の厚い僧が就くもの。

私も、家族の健康な日々の営みのためにつくる野生肉料理を通じて、より家族の食事づくりに誇りを持つようになった気がする。

肉は人を生かしもするし、殺しもする。食が娯楽や快楽といったイメージで埋め尽くされるなかで、こう考えるのは行きすぎだろうか。”

    

食事を作ることは、命を預かること。なんですよね。ぼーっと生きているとこんな大事なことさえわからなくなってきます。

  

ちょっと「美味しい」とは離れますが、経験したものだけが持つ目について書かれた箇所をメモします。

   

”そのあと右1メートルも離れていない場所を指差した。そこには、先ほどの道と並行するようにしてもう1本の道があった。

なぜそちらが流行っているのか尋ねると、足跡や落ち葉の向き、そして道両脇の木のようすでわかるのだという。

最初に見た道より狭いが、たしかにさらにハッキリとした道になっていた。

「山の道はどんどん変わると。雨や台風でも変わるし、木が倒れても変わる。罠とかの危険をまたあたらしい道がでくっさ」なるほど。

ある獣が歩き、そこを別の獣が歩き、新たな道になっていく。猪や鹿、テンやアナグマなどが共同で使う道。

同時に昨日まで使われていた道が今日には廃れはじめ、そして消えていく。

太古の昔からくり返されてきたであろうその情景が、妙にリアルに目に浮かんできとなって血管のように山を巡っている。

山が巨大な生き物のようにも思えてきた。「ほら、こん足跡はあたらしいやろ。ここまで勢いよく下ってきて、左足ついて,そのあと右足つくのを迷っとやろ。それでこっちに足ついとると」私はおじさんの言葉に息を呑んだ。

”そこまで見えているのか!“鳥肌が立った。ゆっくりと見上げるも、おじさんはいつもの表情、いつもの声。それなのに、急に特異な人に見えてきた。

おじさんはシャーロック・ホ—ムズさながらの推理をしシミュレーションしながら罠をかけているのだ。同じ場所にいても、見えている風景がまったくちがう。


私が樹々のの間から差し込んでくる光を眺めていたとき、おじさんは周囲を観察しながら、目の前にはいないはずの獣たちをリアルに見ていた。

私は昂ぶる気持ちを抑えられなかった。見えないものを、見ていたのだ。


”おじさんが見ているものを見てみたい“
駆り立てられるような思いだった。

カメラを持っていたからだろうか、逆に、自分が見えていないことをハッキリと自覚させられた。”

   

この気持ちよくわかります。本当のプロにしか見えないモノ。最近でも感じることがあります。

   

山と獣と肉と皮 繁延あづさ著 | 2021 | 未分類 | Comments (0)