CMディレクター仲野哲郎の「シズル」って何?80
今日は、原田信男さん著「食べるって何?-食育の原点」という本からメモしようと思います。
原田信男さん。日本生活文化史学者。国士館大学教授。
この本は、「食べる」という行動がどういう意味を持っているのか?
食べる為に発展した農業が戦いを産んだ?
など「食べる」に関わる興味深い文章が多くありました。
”人類は二足歩行によって、手を自由に使えることとなり、道具を発明したことで、サルとは大きく異なる道を歩み始めました。
このことは同時に、神経や脳の飛躍的発達を伴うことを意味します。
はじめ猿人は、強力な顎をもった草食性でしたが、肉食を行ったことで、実に大きな進化をとげることになります。
もともと人間は、その身体能力から、集団としての力も弱く、個々には大型の肉食獣の餌食となる場合も少なくありません。
肉を剥ぐスクレーパーなどの石器を利用していましたが、本格的な狩猟は行うことはできませんでした。
むしろ肉食獣の食べ残しの死肉をあさり、石器て骨をくだいて骨髄を啜るような食生活を送っていたようてす。
そうした脆弱な人類が、巨大で檸猛な野獣との生存競争に打ち克つためには、言語による集団性と組織性、あるいは技術・道具を用いる知識性と論理性、といった能力が必要でした。
これには脳の発達が、その最大の必要条件となりますが、生理学的には身体のわずか2パーセントの重さにすぎない脳は、生きるための総エネルギーの20パーントを消費する、といわれています。”
人間がハイエナのような生活から抜け出すために言語による集団性と組織性。技術・道具を用いる知識性と論理性、といった能力が必要だったんですね。
次は、食料を確保する為の遊牧文化についてです。これがまさか面白い!
”はじめは肉と乳をたくみに利用する技術として、牧畜という文化が発達をみました。
そして、これを農耕に組み合わせることで、耕作用の役畜としても利用するほか、糞を肥料とするという合理的な生産方式が誕生をみました。
こうした牧畜の技術を、さらに草原地帯で大規模に発展させたのが、遊牧文化てす。
ウシやヒッジの食用となる牧草を、食べつくしたら次の地へ移動し、また元の場所に戻ることをくり返す生産方式てす。
文化人類学者て遊牧を研究する小長井有紀さんは、ヒッジは自動芝刈り機であり、自動種まき機だ、としばしば発言しています。
つまり彼らは、草を食べると同時に糞をすることで草の成長を促すからです。
ここでも植物と動物のバランスが、うまく保たれることになります。こうした遊牧文化の成立には、
牧畜における去勢のほかに、騎馬の技術が必要でした。
つまり足の速いウマを、たくみに駆使して、群れとしての動物集団を、統御しつつ移動していくのです。
この点が、牧畜文化と異なります。
いずれにしても遊牧の生活においては、とくに乳が重要な食料源となります。乳はいわば利息のようなものてすから、飼育個体数を減らすことなく、手に入れることができます。
むしろ毎年、出産によって元手‘てある動物の個体数も増えていきます。
彼らは肉ばかりてはなく、実にたくみに乳を利用した食生活を営み、ミルクのお茶や菓子で、日常的な栄養を確保しています。
彼らは、肉は赤い冬の食べ物、乳は白い夏の食べ物と呼んで、、みごとに多様な食生活を構成しているのてす。”
遊牧文化の奥深さを垣間見ました。
次回に続く。